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2014年9月30日 (火)

七里ケ浜を望む日本バレエ発祥の地★旧パブロバ記念館

江ノ電の七里ケ浜駅を出て、真直ぐ海に向かい、
国道134号線を5分程右手に進むと、
レストラン珊瑚礁の先に、

日本バレエ発祥の地

パブロバ記念館だった場所があります。

昔から何度も車で前を通って存在は知っていましたが、
いつか行こうと思って、結局行かずしまい。
で、偶然友人から
「ずっと前に閉鎖されたよ」
と聞き、大ショックweep
せめて残された痕跡だけでも目にしたいと、今回鎌倉を訪れました。

稽古場だった洋館(パブロバ記念館として公開されていた建物)は、
今は一般の方の住居になっており、
海に向かって建つモニュメントと記念碑だけが一般公開されています。
記念館だった時に行きたかったぁ。。。

Ballet1


「日本バレエ発祥之地」の碑。

Ballet2


そして、その隣にあるパブロバさんのレリーフ。
左から、
ナデジダ・パブロバさん(1905−1982)
エリアナ・パブロバさん(1899−1941)
ナタリア・パブロバさん(1872−1956)

Ballet3


先ほどの碑にはこう書かれています。

日本バレエ発祥之地 

 エリアナ・パブロバは大正九年 動乱の祖国ロシアを逃れて来日
昭和二年この地にバレエ・スクールを建てた エリアナは自分自身の
舞台活動を通じて 日本にクラシック・バレエを紹介するとともに
多くの舞踊家を育て 日本バレエ界の基礎づくりに貢献した
 第二次大戦後 日本のバレエ界の発展を支えてきた人達の多くは
パブロバの薫陶のもとに育った
 昭和八年 日本に帰化 霧島エリ子を名乗ったが 昭和十六年軍属と
して日本軍慰問旅行の途中 南京で戦病死 鎌倉市は市葬をいとなみ 
のち靖国神社に合祀された
 母ナタリア 妹ナデジダはエリアナを輔け エリアナの死後 その
仕事をついだナデジダは昭和五十七年この地で没した

昭和六十一年十一月吉日     エリアナ・パブロバ顕彰会

日本バレエの歴史にも、
戦争の影があるとは知りませんでした。
まさに動乱の時代を過ごして来られたのですね。

稽古場の窓からは、今と同じように七里ケ浜が広がっていたのでしょうか。
右手に遠く江ノ島を望みつつ。

Beach


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美術館・博物館」カテゴリの記事

コメント

こんにちは♪
バレエって聞くととても優雅で美しいイメージしか湧かないんですが、
(でも踊り子さんたちはすごく苦労なさってますよねsweat01
日本バレエの歴史にはこのようなことがあったのですね。
バレエやってる人たちも習ったりするんでしょうか…confident
七里ヶ浜の海の景色綺麗ですね~
これから冬になって、さらに澄み渡りそうです(^-^;

凩さん、こんにちは☆☆
ロシア革命が確か大正六年だったかと思うので、
大変な激動の時代に祖国を離れ、日本に来られたんですね。
パブロバさんがこの地に住まわれた頃にはもう江ノ電が走っていたので、
駅近の好立地だったんでしょうね。
冬の湘南海岸、のんびり散歩するのに最高ですよheart

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